MiMaridoTieneFamilia私の夫には家族がいる

メキシコのテレビ局テレビサで放映中のドラマ、私の夫には家族がいるは、韓国のテレビドラマが原作だという。オリジナルのタイトルは分からないが、英訳ではMyHusbandGotaFamily。残念ながら、その原作を見ていないので比較はできないが、比較できたら面白いだろうと思う。メキシコのバージョンではロケーションが、今も先住民の文化が色濃く残るオアハカという地方都市にされているのも、見どころの一つ。

ドラマの主役は、ロベルトとフリエタという若いカップル。ロベルトは三十代前半の形成外科医。フリエタはCklassという実在するカタログ販売の会社で働くキャリアウーマン。たぶん二十代後半。彼らは結婚はしていないが一緒に暮らし、公私共に充実した生活を送っている。

ハンサムで、性格も善良さを絵に描いたような好青年のロベルト。だが、彼の過去の境遇はちょっと複雑だ。幼いころ家族に捨てられ彼はそう信じている、孤児院で過ごし、アメリカ人の夫婦に養子として引き取られ、ニューヨークで育った。外科医となり、故郷のオアハカにある病院で働き始め、そこでフリエタと出会った。今では彼女と幸せに暮しているが、それでも記憶にない実の両親、家族に対するこだわりは解消できていない。

しかしフリエタにとっては、そんな彼の暗い境遇まで含めて、ロベルトは理想的なパートナーだった。自立した、自由な、近代的な女性であるフリエタにとっては、義理の家族との前近代的な面倒な関係、とりわけ姑なるものとの厄介な関係は、ぜひとも避けたい事柄の一つだ。そんな彼女にとって、ロバートには実の家族がいないということ、関係の疎遠な育ての親は遠いアメリカにいるということは、非常に好都合な、好ましいことだった。

ところが突然、二人は思わぬトラブルに見舞われる。彼らが暮らす部屋の家主から家賃を引き上げると通告されたため、新たに住む場所を探すこと余儀なくされてしまう。右往左往の末、彼らはちょっと変わった物件を見つける。ある年配の夫婦が所有している小さなビルで、そこで彼らはパン屋を経営し、今ではメキシコでも少し珍しい大家族で暮らし、かつ空いた部屋を人に貸している。その古風で庶民的な雰囲気がフリエタには気に入らなかったが、なぜかロベルトにはとても魅力的に思え、彼女の反対を押し切って、その部屋を借りることに決めてしまう。

だが引っ越したものの、フリエタはどうしても新しい環境に馴染めず、大家の家族と衝突を繰り返してしまう。とりわけ女主人のドニャブランカとは初対面の時から互いに反発を感じ合い、険悪な関係となってしまう。フリエタにとっては、ドニャブランカの親切心さえもが押し付けがましい迷惑でしかなかったし、伝統的な価値観の中で生きてきたドニャブランカによっては、フリエタのリベラルな生き方は、とても容認し難いものだった。年代が異なる二人の女性の感情的な諍いはエスカレートする一方で、ついにドニャブランカは、フリエタとロベルトに家から出てゆくことを要求する。

ところが二人が部屋を引き払おうという間際に、偶然が重なり、隠されていた真実が明るみに出る。実はドニャブランカには三十年前に行方不明になり、ずっと探し続けているファンパブロという息子がいるのだが、ロベルトこそ、そのファンパブロに他ならないことが判明する。最愛の息子と再会できたドニャブランカや家族の喜びをよそに、フリエタとっては最悪の展開で、戸惑いを隠せない。

ドラマの発端のストーリーをごく大雑把に要約してみれば、だいたいこんな感じになろう。予告編を見てみよう。

まず、ロベルトによる自己紹介。

SoyRobertoCoopermedicocirjanoMifamiliameabandoncuandoeranio

(僕はロベルトクーパー、外科医です。僕の家族は、子どものときに僕を捨てたんだ

次に、フリエタの独白。

RobertoesminovioTenemosunarelacnbienbonitabasadaencariorespetopasinperosobretodoenamor

ロベルトは私の恋人です。私たちは、とっても素敵な関係を保っているの。好意と、尊敬と、情熱と、だけどとりわけ愛情に基づいた関係をね

次は、ドニャブランカが夫を相手に、彼らの家の間借り人となったロベルトとフリエタについて、不平をもらしている場面。

NuestrosnoestncasadosEsodeuninlibreamicomoquenomegusta

私たちの間借り人は、結婚してないのよ。ああいう同棲というのは、私は何だか好きじゃないわ

uninlibreは、直訳すれば自由な結合で、同棲あるいは事実婚の意。それが嫌いだと言う。いかにも保守的なドニャブランカらしい意見だ。さらにある朝、新聞を取るために寝間着姿のまま部屋を出たフリエタを見つけ、潔癖なドニャブランカはさらに手厳しい酷評を下す。

Nocabedudaqueesuna

疑いの余地なく、彼女は露出症だわ

フリエタはフリエタで、朝っぱらから苦手な人物を目にして、自分の悪運を嘆いてみせる。

Nadamsestyamelatengoqueencontrar

まだ夜が明けたばかりなのに、もう彼女に会わなければならないなんて

フリエタに対するドニャブランカの評価も下がるいっぽうだ。

Aypobredesumadreydesusuegra

まったく、彼女のお母さんがかわいそうだわそれに彼女のお姑さんも!

あんなひどい女を嫁に持つお姑さんはかわいそうだと、同情するのだが、そのお姑さんは実は彼女自身だという事実には、まだ気づいていない。

家主の一家が実の家族だと判明した後で、自分とフリエタがたいへんなトラブルに巻き込まれてしまったと気づいたロベルトの、ちょっと情けない述懐。

Todofueperfectohastaquehastaqueencuentraamifamilia

すべては完璧でした僕の家族にめぐり合うまでは

ドニャブランカは、ずっと探し続けていた息子がついに見つかり、幸せいっぱいだ。

EncontramihijoJuanPabroapareciEsdevecino

私の息子をみつけたわ!フアンパブロが現れたのよ!お隣さんがそうだったの!

いっぽうフリエタは、急に厄介な義理の家族と姑が現われ、しかも彼らと同じ屋根の下で生活しなければならない状況になったことで、悲嘆に暮れる。

Diosscamedeaqu

(神様、私をここから連れ出してください

なんだか、いつものメキシコのドラマよりもちょっと身近な感じがするのは、韓国のドラマが原作だからだろうか。日本の昔のホームドラマにも通じる部分もありそうだ。